<最優秀賞>【応援ナース参加で行動的な私に】

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ペンネーム:みちこ さん 北海道出身 29歳 看護師

北海道で私はうまれて、地元の看護学校に通い、北海道の地元の病院にて働いていました。 

地元にずっと暮らしていたため、視野が狭くなっていたのかもしれない。
そう思ったのは、地元の病院で先輩看護師との夜勤の時の会話からでした。

「私、東京いってくるー」 すごく軽く言われたのを覚えています。
聞けば、自分の看護が毎日同じことの繰り返しに感じており、環境を変えて自分に刺激を与えたいとのことでした。
私自身も、慣れた 土地で顔見知りだらけのなかよしの看護はとても居心地のいいものでしたが、もっと多くの患者様とのコミュニケーションを深めていきたいと思っていたところでした。

その先輩は、私よりも数カ月早く応援ナースとして登録していて、先輩の行動力に驚かされたのと同時に、私自身もナースパワーの応援ナースに登録しました。
応援ナースについて同僚と話したり、その先輩と電話で話して状況を聞いたりと自分でも情報収集をしましたが、そこには、新しい環境で看護師としてどの程度の働きができるのか、強い不安、そんな気持ちもありましたし、純粋に都会に出て生活を楽しみたいという気持ちもあり ました。

応援ナースとして派遣された病院は、比較的応援ナース数が多い病院。
そして、先輩が過去に働いた病院でもありました。
前々の情報として、応援ナースとしてとても働きやすい場所であることを聞いていたため最初から大きな不安は感じてはいませんでした。

働き始めてから、病院ではやはり今までの働き方とは全く異なったものを要求されていたと思います。
今までの働く科などは決まっていましたが、応援ナースでははっきりいってどのような場所(例えば手術室、透析室)でもある程度の動きをしなければならないと感じました。

でも、よく考えれば臨機応変な対応を必要とされるくらいに人手不足であったり、業務量が多いからこそ一人一人の力が問われるんだよなあ、と思うと知らずしらずに自身の体調管理やストレス解消をしっかりとして、日々の業務に怠りがないよ うに働こうというやる気が出たとも思います。

多忙な業務のなか、自分の力不足を感じるとともに、でもその場所でもやはり周りのスタッフ、他の応援ナースたちの助けがあってこそなんだなあと思います。
その点では、やはり最初の派遣先病院がここでよかったなあと感じました。

また、プライベートな話では、北海道にいたときは同じ友達、同僚と変わらない毎日、同じ場所でご飯を食べたりお茶をしたり、とそれはそれでとても楽しかったのですが、やはり都会に来てからというもの、すごく外出の頻度が増えたと思います。
おいしいものや楽しいこと、色んなものに触れる経験は格段に増えたと思いま す。
応援ナースのいいところは、どこの場所でも、たとえ今まで経験していた科だとしても、そこに派遣された時には、新しい土地で新鮮な気持ちをもって、また新たな気持ちで頑張ろうと思えることです。

少なくとも、私はそう思いました。

日本の色んなところで働いてみよう!という気分になっている今、すごく楽しいです。

 

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