<入賞>【まさか私が屋久島で看護師と働こうとは】

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イニシャル:C.M さん 岐阜県出身 34歳 看護師

まさか私が屋久島で看護師と働こうとは、誰が想像しただろう。。。

きっかけは約3ヶ月前。彼との喧嘩だった。
海外に生活の拠点を置いて約4年。5月下旬、彼と3週間の予定で久しぶりに日本に帰国。
そして、涙・涙で親と別れた。帰国(出国?)してまもなく、長年取り組んできた海外で看護師になるためのBridgingCourseへ行くための切符を手にした。
と同時に、コース探し。3-4日で決まった。
コース開始は半年後。 嬉しい反面、いろいろな事が頭の中を駆け巡った。
半年という自由な時間。臨床から離れて長いという事実。ほぼ助産師経験しかないという現実。医療英語のみならず、看護の知識不足。
そんなとき、彼との大喧嘩。原因は将来のこと。この人との将来は考えられないかも!!と思い、それでも、せっかく手にした海外で看護師になるための切符。無駄にはできない。
喧嘩をした勢いもあり、真夜中にgoogle検索。検索ワードは「看護師・派遣・短期」。さっそく出てきた派遣会社にメール。
彼と喧嘩して興奮している自分、日本で看護師をしている自分を思い描いて興奮している自分。眠れない夜をすごした。

翌朝、さっそくメールが届いていた。
差出人は「ナースパワー名古屋」。あまりの迅速な対応に驚いた。

日本に帰る。看護師をする。この2つが現実になる気がして嬉しい反面、少し怖かった。
そしてさっそく返信。またもやすぐに返事が返ってきた。そして、まるでチャットのようにメールのやり取りを1日目にして、なんと15通。
話が本格的に動き出した。彼と冷戦を展開している裏側で。。彼が帰ってきて、話し合った。そして、なんとか仲直り。仲直りした上で、将来を話し合い、日本に帰って看護の仕事に就くことは、金銭面・経験面・将来面で間違いなくデメリットよりメリットが多いこと。
もしここで動かなかったら、将来、必ず後悔する時が来ること、で話しはまとまり、日本行きが本当に始動し始めた。

ここまで、ナースパワーへの問い合わせからわずか24時間。そして、そこから2週間後、日本行きの飛行機に乗っていた。
この2週間、すべてが目まぐるしく展開。就職先の候補を次々に出してもらい、私はすべてを承諾。

でも、わずか5ヶ月しか勤務できないという条件からなかなか決まらない。
それでもパワーのスタッフの粘り強い取り組みのおかげで、受け入れ病院が見つかった。

見つかった病院は、なんと、屋久島。海外にいながら国際電話で看護部長との電話面接。就職が確実になり、急いで航空券を購入。その数日後には、つい数週間前に降り立った空港にまた来ていた。

この大きな決断をした私を周りはやさしく支えてくれた。と同時に、海外帰り・助産師なのに看護師としての病棟勤務・久しぶりの臨床、そのために辛いだろうし、イジメにも遭うかもしれないと脅され、自分でも覚悟を決めての屋久島上陸。
自分ができないことを認め、それでも、とにかく頑張ろうと決めていた。
できないことが多くても、とにかく元気にあいさつ、そして笑顔で頑張ろうと決めていた。

屋久島で働き始めて2ヶ月。優しい仲間に支えられ、心配していたイジメもなく、毎日過ごしている。
久しぶりの分娩介助に、自分が助産婦でよかった、やっぱりこれが私の仕事だと、再確認もできた。
そして、ナースパワーのスタッフを含む、素晴らしい人たちとの出会いもあった。

ここでの勤務も残り3ヶ月。元気と笑顔を絶やさず、一期一会を大切に、この貴重な時間を有意義に過ごしていきたいと思う。

 

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